徳川 義直
とくがわ よしなお
1600-1650
享年51歳。


名称:千代君、五郎太丸、義知、
    義利、敬公
居城:尾張清洲城→尾張名古屋城


■徳川家康の九男。
  母は志水氏の於亀の方。
  1603年(慶長8年)、甲府25万石の
  大名となる。

■1606年(慶長11年)、従四位下右兵
  衛督となる。

■1607年(慶長12年)、異母兄の松平
  忠吉が病没したため、義直は空白
  となった尾張清洲城へ転封となる。

  1608年(慶長13年)、加藤清正ら外
  様大名による普請により完成した
  尾張名古屋城に義直が移る。

■1619年(元和5年)、5万石を加増さ
  れ、尾張徳川家は61万石余に
  達す。

  義直自身は、好学の士(※学問好
  きな立派な人物のこと)で、『神祇宝
  典』、『類聚日本紀』などの著書が
  ある。