尼子 経久
あまご つねひさ
1458-1541
享年84歳。
名称:又四郎、民部少輔、伊予守
居城:出雲国月山富田城

■出雲国守護代・尼子清定の嫡男。
 父の跡を受け、出雲国守護代を務め、本国・近江守護の京極家の臣下として、領地経営を行った。
 しかし、所領や公納銭を押領したため、1484年に本国より守護代の任を解かれる。
 1486年1月、経久は月山富田城奪取し、出雲国内の有力豪族、三沢、三刀屋、赤穴らを屈服させ、出雲の支配者となる。

■1508年、経久は大内義興らと共に将軍・足利義材を奉じて上洛。足利義澄らと戦う。
 帰国後、経久は因幡・伯耆・安芸・石見へと勢力を拡大。尼子氏の興隆させた。

■1532年、経久と対立していた三男・興久を討ち、1538年には、孫の晴久に家督を譲り引退する。尼子氏の繁栄を見届けて、月山富田城にて病没。